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和歌山県 和歌山市 東長町9-1
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2009年01月31日
蓮舫参議院議員が和歌山へ

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 今日は蓮舫参議院議員が和歌山へ来て下さいました。
 11時からパームシティの前で、街頭演説会です。私は司会をさせていただきました。藤本県連代表、岸本総支部長の後、蓮舫さんの演説です。少し前に、参議院予算委員会で質疑に立たれ、その模様が中継されていたこともあり、演台に上がられたときには大きな拍手が沸きました。
 定額給付金の話や年金の問題、官僚の天下りや最近話題になっている「渡り」のことなどについて、分かりやすく力強くお話下さいました。
 写真をご覧になっていただくと分かりますが、テレビカメラも入りました。蓮舫さんの後ろに私もいます。ほんの少し雨がぱらつき、風が吹いて寒い中、たくさんの方にお集まりいただきました。ありがとうございました。

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 この後、講演会の会場へ移動です。ロイネットホテルの会場には入りきらないほどの方が来て下さり、椅子が足りなくて、増やしました。最終的には350人の方が来て下さっていました。
 こちらでも蓮舫さんは、軽快かつ力強く、国会での議論や次期衆議院選のマニフェストについてお話して下さいました。
 今回の講演会は「政治スクールわかやま」の公開講座として開催させていただきました。昨年2月から始めた講義も今回が最終回。講演終了後に修了式を行いました。修了証授与の後、お茶を飲みながら、色々とお話させていただきました。受講生の皆さん、約1年間お疲れ様でした。ありがとうございました。

 
2009年01月27日
盛岡から仙台へ

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 議連の行政視察2日目です。
 出発までに時間があったので、ホテル近くにある「啄木新婚の家」を訪れました。が、残念ながら火曜日は定休日。ということで、外からだけの見学です。
 沿革によると、石川啄木が20才の年、東京から処女詩集「あこがれ」を出版し、それを土産に帰郷したが、仙台で途中下車して同郷の友人と10日間も遊んでしまった。その間、盛岡にいた婚約者はほったらかし。5月末に結婚式を挙げる予定が、花婿が来ないので花婿なしの結婚式を挙げたそうです。啄木がこの家に姿を見せたのは6月4日。それから3週間、この家で家族と過ごし、新しい家に転居したそうです。啄木という人はかなり変わっている印象を受け、興味が湧きました。
 雪が降る中をホテルへ戻り、定刻に盛岡から新幹線で仙台へ。仙台市役所に向かいました。政令指定の100万人都市だけあって、今もいくつかのビルが建設中でした。

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 仙台市を流れる広瀬川を保全する取り組みについて調査しました。景観を守る施策と水質を守る施策の両面から取り組みがなされていました。
 建物の高さ規制や水質の基準はかなり厳しい数値を設定していました。その取り組みは和歌山でも活かせれる部分があり、今後の提案につなげて行きたいと思います。
 明日、和歌山へ戻ります。

 
2009年01月26日
東北への出張

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 今日から議会内の森林環境保全促進議員連盟の視察出張です。今日と明日で盛岡と仙台へ赴きます。
 朝7時半に市役所で集合して、南海とリムジンバスを乗り継いで伊丹空港へ。飛行機で仙台空港へ降り、電車と新幹線を乗り継いで盛岡に入りました。
 盛岡市では平成9年の盛岡城築城400周年を記念して、様々な催しが行なわれましたが、市民の中から「未来に何か形の残るものをして欲しい」との意見を受け、盛岡市内に平成市民の森を10年かけて整備しました。どのようなコンセプトでこの事業を行なってきたか、現状はどうかを教えていただきました。
 同行した先輩議員の皆さんも色々と盛岡市の担当者に質問をされました。私もひとつ市民の森に関連して、質問させていただきました。最近、グリーンニューディールという言葉が聞かれるようになりましたが、市民の森を整備することで新たな雇用は生み出されたかどうかを伺いました。盛岡市からは、新規の事業だったので、整備の仕事を受注した森林組合を中心に新たな雇用が生まれたとの回答をいただきました。
 盛岡市の場合は、ただ森林を保全するだけでなく、市民がその森に来て楽しみ、自然に触れ合うことが出来る森づくりをしていました。これまで、植えた樹木が枯れてしまうなど、様々なご苦労があったそうで、少しでも木々が長生きするように研究されているというお話も伺いました。
 盛岡市の市民の森は市内中心部から約8キロのところにありますが、和歌山市の市民の森は奈良県川上村にあって、簡単には行けません。地理的な差はありますが、市民の憩いの場としての整備方針には得るものがありました。
 明日は仙台へ行きます。

 
2009年01月23日
戦友2人の出陣

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 今日から北九州市議会議員選挙が始まりました。私が福岡にいたとき、ともにチームを組んで動いた2人が立候補しました。
 昨日の夜に飛行機で九州入りし、朝から電車で移動して、福岡県連の事務長さんと一緒に八幡西区で立候補する大久保むが候補の出陣式に出ました。事前に連絡してなかったので、大久保候補も私の顔を見て、びっくりしていました。
 何人もの応援演説があり、最後に大久保候補が決意表明をしました。涙が出そうになるのを堪えながら想いを訴えていました。その姿を見ながら、自分のときのことをシンクロさせてしまいました。
 出陣式が終って、大久保候補は出口で来られていた皆さんに握手をして送り出し、選挙カーで市内へと向かいました。

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 その後、私は電車で小倉北区から立候補したながおか啓祐候補の事務所へ向かいました。
 事務所近くの貴船神社で出陣の神事が行なわれ、同席させていただきました。この神社での祝詞がとても珍しく、太鼓で曲を奏でながらの祝詞でした。この神社の祝詞は豊前神楽を取り入れていて、全て口伝で継承されていると、宮司さんが最後に説明して下さいました。とてもいい体験をさせていただきました。
 神事の後、境内でながおか候補の決意表明があり、選挙カーで市内へと出て行きました。お昼を食べていなかったので、近くの食堂で食べた後、空港へ向かおうと思ったのですが、候補から選挙カーに乗って欲しいと申し出があり、2時間ほど乗らせてもらいました。日が落ちてくると雪も降り出してきて、厳しい選挙日和になりました

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 二人とも苦労していますから、何としても上がって欲しいと思います。
 駅までしゃべりながら送ってもらい、電車で空港へ。これから東京へ向かいます。

 
2009年01月22日
選挙応援の週末スタート

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 今日から選挙応援の週末が始まりました。今日は岩出市で行われている市議会議員選挙に立候補した池田せいごさんの応援に出かけました。
 朝9時に事務所へ伺い、朝立ちから帰ってくる候補者を待っていました。一緒に車に乗って、路地裏など、こまめに午前中回らせていただきました。写真は街頭演説の風景です。時々小雨がぱらついてました。
 今日を含めて残り3日。一人でも多くの方の支持を得られるよう頑張って欲しいと思います。
 お昼からは市役所でいくつかの仕事を処理しました。そのまま、荷物を持って関空へ。飛行機で北九州へ来ました。明日は北九州市議会議員選挙に立候補する友人2人の応援に行きます。

 
2009年01月21日
母校の卒業式

 今日は母校である近畿大学附属和歌山高校の卒業式でした。
 「まだ1月やのに」と思われるかもしれませんが、進学校なのでセンター試験が終った後、私立大学や国公立2次試験の間に卒業式をやって、試験に集中してもらおうということに代々なっています。
 後でニュースで知ったのですが、全国でもトップの早さだったそうです。
 卒業生ですが、卒業式には呼ばれていないので、10時半ぐらいから正門の前で「卒業おめでとう!」の幟を作って掲げて待っていましたが、出てくる生徒はまばらでした。
 私の卒業式のときは、謝恩会もあったように思いますし、校門で写真を撮ったりもしたのですが、写真を撮っていたのは1人だけでした。なんだか寂しくなったなぁと感じてしまいました。
 時折小雨も降って、寒い卒業式でした。

 
2009年01月20日
「反対」だけではいけない

 今朝も市駅前での街頭演説に立たせていただきました。昨日と同じく、小沢代表の党大会での決意や第2次補正予算のお話をさせていただきました。
 家に戻ってきてからは、午前中は手紙を書いたり、ご招待いただいた会合への出欠のお返事をしたり、メールのチェックをしていました。
 午後は、昨日お約束していた障害者の方のお家へ。ご家庭の色々な事情があり、借金を何とかしたいとのお話で、お手伝いさせていただくことになりました。また、障害者年金と母子家庭手当を同時に受け取ることができないことにもお話が及びました。
 実はこの件は、先の議会で松井紀博議員が一般質問で質され、当局からはこのような家庭が市内に21世帯あるとの答弁が出されていました。私はこの21世帯の一つに当たったわけです。
 このお宅にはいくつかの問題がありましたので、整理をし、いくつかに分けて解決していくことにしました。すぐに市役所へ戻って、担当部署の方々にお話をし、よい解決方法がないか探り始めました。
 それから控室にいましたら、市民の方が来られて、この間の議会で提出した「定額給付金の再考を求める意見書」についてご意見をいただきました。
 なぜ定額給付金の実施に反対するのか、反対するにしても、こうして欲しいと言う対案をどうして出さないのか、というご意見でした。市議会での議論の経緯をお話したり、国会で民主党が対案をアピールし切れていないなどのご指摘を受けました。
 確かに「反対」と言っているだけではどうにもなりません。私は一議員の考えとして、介護報酬へ全額乗せるという案を、ここでお話したりしてきました。単なる反対ではないと言うことはお分かりいただけると思います。これが一番と言うわけではありませんが、こうすべきだと言うことはもっと話さなければならないとも思いました。

 
2009年01月19日
今日はよく動きました。

 今朝も和駅前で朝の街頭演説を行いました。和駅に着いたら、急に真っ黒な雲が出てきて、雨がパラパラし出しました。しばらく避難しながらしゃべっていましたが、雨もそんなに強く降ることなく止んだので、いつもの場所で引き続き行いました。
 今朝は、昨日の党大会で小沢代表が話された決意や、定額給付金の実施を含む第2次補正予算が衆院を通過したことなどをお話しました。
 その後は市役所へ。少し仕事をしてから後、いつも良くして下さる方と一緒にお昼を食べました。お昼のトークテーマは「関空は和歌山にとってどうあるべきか」でした。難しいような感じですが、和歌山が利する関空の使い方ってどんなのがあるだろうか?ということを二人でお話しました。
 午後一は、支援者の方からお電話があり、生活保護を受けておられるお知り合いの方のご相談を伺いました。
 その後は市役所にいて、記者さんからの取材や、障害者の方が困っておられるということで、明日お伺いさせていただくことになったりと、日程が埋まり、あっという間に夕方でした。
 夜は平和フォーラム・地区労センターの新春の集いに参加させていただきました。

 
2009年01月18日
民主党2009年度定期大会

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 今日は東京で民主党2009年度定期大会が行なわれました。衆参国会議員と各県の代表2名が代議員として、予算や活動方針について論議しました。和歌山県連からは藤本眞利子代表と私の2名が参加させていただきました。
 まずは小沢代表の挨拶をご覧下さい。


2009年1月18日
民主党2009年度定期大会
小沢一郎代表挨拶

 まず、本日の民主党大会にご参集、ご来場いただきました皆様に、心より感謝を申し上げます。
 特に、友党として連帯のお言葉を頂戴しました社会民主党の福島党首、国民新党の綿貫代表、新党日本の田中代表、そしてお励ましをいただきました連合の岡部会長代行、経団連の大橋政治対策委員長に厚く御礼を申し上げます。
 また、お忙しい中、ご列席いただきました、在日公館の皆様、労働界、経済界、文化諸団体など友好団体の皆様に感謝申し上げます。

 さて、同志の皆さん、ついに今年、「その時」を迎えました。衆議院総選挙に勝利して、私たちが自ら新しい政権をつくり、「国民の生活が第一。」の理念に基づいて、国民の「新しい生活」を築くのであります。もはや、一刻の猶予もなりません。
 政治の役割は究極的に、国民の命と暮らしを守ること、その一点に尽きます。その責任と使命を忘れ、権力行使の目的さえも見失った政権は、一刻も早く、ただ消え去るのみ、であります。自公政権が一日長く続けば、それだけ国民生活の被害は大きくなっていきます。それは、世界的な金融危機、同時不況のさなか、麻生内閣が国民に信を問うことも、効果的な景気対策を実行することもなく、三カ月間も政治空白を続けたことを見れば明らかであります。
 私たちの手で、この国の仕組みを根本的に変え、「新しい生活」、新しい日本をつくり始める時であります。それ以外に、国民生活を、日本を救う方法はないと思います。
 そして、私たちがそれを決意しさえすれば、必ず仕組みをつくり変えることができます。日本の国民には、その能力が十分にあります。いわゆる「派遣切り」が進む一方で、介護を担う職員が決定的に不足していますが、それを是正して人材を活かしきるのが政治であります。そのようにして、国民が力を合わせ、新しい国づくりに挑む時なのであります。

 私たち民主党の実現目標は、明確であります。
 第一に、「国民の、国民による、国民のための政治」を実現する。単純な言い方ではありますが、それが民主主義であります。その当たり前のことが、日本では行われてきませんでした。それこそが、今日、政治、経済、社会の混迷を招いた最大の原因であります。何としても、二大政党制の下で初めて、政権交代を実現し、日本に議会制民主主義を定着させなければなりません。
 その上で、「人間の、人間による、人間のための経済」を実現する。現在の金融危機の根本原因は、自由というものを無原則な勝手気ままと履き違えて、「資本の、資本による、資本のための市場経済」を極限まで推し進めた金融資本主義の破綻にあります。それを、公正なルールに基づく、本来の自由経済に是正し、国民生活のセーフティネットを前提にした仕組みにつくり変えます。それによって初めて、「人間を大事にする経済」を回復することができると考えます。
 そして、「住民の、住民による、住民のための社会」を実現する。それは真面目に働く人が報われる社会であり、年金、医療、子育て、雇用、地域が立て直され、住民が安定した暮らしのできる社会であります。もちろん、真の地方分権を確立することがその前提条件であります。

 実は、経済危機の今こそ、日本の大転換を成し遂げる好機である、と私は思います。国の総予算二百数十兆円を全面的に組み替え、税金のムダづかいを徹底的になくして、浮かせた財源を国民生活の立て直しに集中的に使う。生活の不安をなくすことが希望を生み、積極的になった心が、この国全体を押し上げていくのであります。そのような仕組みの転換は、国民の多くが危機を認識している今だからこそ、国民の理解と協力の下に実現できるのだと考えます。
 私たちはすでに昨年秋、総選挙に向けて、ムダづかいの根絶、年金・医療の改革、子育てへの支援、雇用制度の改革、農林漁業と中小企業の再生という「新しい生活をつくる五つの約束」を決定、発表しております。その五つを実行すれば、国民は元気を取り戻し、生活を立て直すことができると確信しております。
 ただ、麻生内閣の無為無策の結果、雇用危機をはじめとする経済の悪化が急速に進んだため、当面の景気対策を早急に実施し、総需要を維持して、雇用を確保していかなくてはなりません。しかしそれは、自公政権が総選挙目当てに強行した総額二兆円の定額給付金のような、ただのバラマキ、税金のムダづかいであってはなりません。

 あくまでも、私たちの目指す将来の「人間のための経済」「住民のための社会」を実現できるものでなければなりません。私は、その中心となる総需要維持政策は「環境のニューディール」と「安全・安心のニューディール」の二つであると考えます。
 「環境のニューディール」は、戸別所得補償制度をはじめとする農林漁業の活性化策に加え、ソーラー(太陽光)パネルの徹底普及を中核に据えます。まず、新築の戸建て住宅を対象に設置費の半額を補助し、最終的には住宅、公共施設、オフィスビルなど、全ての建物にパネルを設置したいと考えます。また、全ての建物の屋上と外壁の緑化も強力に推進して参ります。
 「安全・安心のニューディール」の中心政策は、小中学校の校舎を全て耐震化することであります。特に、大規模地震によって倒壊の危険性が高いとされている約一万棟は、ただちに耐震化を実施します。病院の耐震化と、介護職員の待遇改善および大幅増員も、同様に進めて参ります。
 この二つのニューディールの眼目は、いずれも一つひとつは小規模事業であることから、それぞれの地域で雇用を創出できる、いわば「地域密着型の雇用創出策」であることであります。さらには、高速道路のネットワークの早期完成など、必要なインフラの整備も進めていかなければなりません。
これらの政策をさらに練り上げて、総選挙のマニフェストを完成させたいと思います。

 政権交代を実現して、新しい政権を担おうとする私たちが、いま最も求められているものは、国民の中に入り、その苦しみや悩みを共有し、国民とともに歩んでいく姿勢を、最後まで貫いていくことであります。「国民は家族である」という思いを忘れてはなりません。国民の苦しみや悩みに対する想像力さえ失ってしまい、政権の獲得・維持そのものが目的化すると、自公政権と大差のないものになってしまいます。
 そして、「国民は家族である」との思いに基づいて、私たちの掲げる「国民の生活が第一。」の理念と政策を、国民の生活現場で地道に訴えていかなくてはなりません。そうすれば、私たちは必ず、皆さんからご支持いただけると信じております。

 一方、国民の皆さんにも、おやりいただかなくてはならないことがあります。自分自身が主権者であり、最終的な権力を握っているのだということを自覚し、ここでその主権を必ず行使していただきたいのであります。総選挙で一票を投じ、主権者としての意思を表明する。それによって、現在の自公政権を続けるのか、それとも民主党を中心とする新しい政権をつくるのかを、選択していただかなければなりません。
 政権は、国民自身が選ぶものであります。政府は、国民自身がつくるものであります。国民を超えた「お上」がつくってくれるものではありません。国民が自分で決め、自分でつくるという積極的な姿勢が、民主主義の必要条件であり、日本国憲法の定める主権者の在り方なのであります。
 もし、国民の皆さんが今の自公政権に満足できないのであれば、今度の総選挙ではぜひ、私たち民主党に一票を投じてください。そして、もし、私たち民主党が政権を担っても、国民との約束を守らなかったり、国民の期待に応えられなかった場合は、直ちにその次の総選挙で私たちを政権の座から下ろしてください。議会制民主主義における主権者の責務とは、そういうものであると思います。

 私たち民主党は、最後の最後まで国民とともに歩み、そのご支持により「国民の命と暮らしを守る新しい政権」を樹立することを、国民の皆様にお約束するとともに、皆様にここで主権者としての「最終判断」を下してくださるよう重ねてお願い申し上げ、私の挨拶と致します。


 民主党本部のウェブでは動画がご覧になれますので、そちらのページへもお出で下さい。
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 皆さんはご覧になられて、どのような感想をお持ちになられたでしょうか。
 これから私たちがどこへ向かうのか、何をすべきか、易しい言葉で、しかししっかりと書かれている、そう思いました。近々マニフェストもまとめられ、発表するそうです。
 政権が変わったら、どんな日本になるのだろう。と具体的に想像はしにくいと思います。しかし、何か変わるかもしれない、変えてくれるかもしれないという期待は持っていただけるようになったと思います。
 小沢代表もおっしゃっておられますが、ぜひ比較してご判断をいただきたいと思います。
 会の最後は、「ガンバロー」三唱で締めくくりました。

 
2009年01月14日
市議会不人気アンケート!?

 今日は県連や市役所にいました。
 午後には支援者の方からお電話をいただき、市役所に来られるとのことで、お会いしました。
 後期高齢者医療制度の保険料について、これまで年金からの天引きが基本で、いくつかの条件を満たす人のみ口座振替にすることが出来ました。しかし、国民市民からの不満や反発があり、厚生労働省が見直しをして、4月から天引きか口座振替をどの人も選択できるようにするそうです。その案内の手紙が市役所から届いたので、どちらがいいのか担当者の話を聞いて判断し、申し込みをするために来られました。
 これまで強制的に年金から天引きされていたときは、子ども等の家族と一緒に住み、実質子どもの扶養に入っている場合、保険料が子どもの所得から控除されず、税金を多く納めることになると言う不公平な状態になっていました。これを改善する制度にしたそうです。
 その前に、まだこの制度でいいのかという議論がなされていません。おそらく、総選挙が終わるまで、そのままなのでしょう。
 ネットで配信されたニュースですが、鹿児島県阿久根市の市長のブログで、市議会議員の不人気投票をしているという画期的な話がありました。ニクいところは、全員の名前だけでなく、「全員クビ」と「全員必要」のボタンまであったこと。なかなかです。
 ザッとですが、他の文章も拝見しました。まともな事を書いてらっしゃいます。さほど違和感は感じませんでした。ついでに、ご自身の信任投票までされていました。変り種の市長のようです。

 
2009年01月13日
紀伊と水戸

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 今朝は和駅の西口東口両方をジャックして、生活と雇用を守る一斉街頭演説を行いました。西口は藤本代表・〆木幹事長と私、東口は岸本周平さんが担当しました。
 家を出たときは、今日は結構マシな寒さやなと思っていたのですが、実際しゃべり始めると、そんなに風はないのに冷えてきて、マイクを持つ手も寒いと言うより痛かったです。7時から8時までの1時間のうち、大半をしゃべらせていただきました。今日は結構ビラを受け取って下さる方が多かったです。
 いつも私に何か一言言う人は今日、〆木幹事長が差し出したビラを手で叩き落としました。こういう行為は人間として許せません。全ての方に支持していただくことは無理です。民主党を支持されない方もいます。きっとその方は支持されない方なのでしょうが、だからと言って、差し出されたビラを断ったり、そのまま通過するなら分かりますが、叩き落とすとは何事ですか。人間として間違っています。こういう暴力的行為は絶対に認めません。

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 街宣が終わった後、残った何人かでお茶を飲み、身体を暖めた後、私は東公園へ向かいました。
 いつも懇意にして下さっている敬老会の中で、グラウンドゴルフを月に4回している皆さんがいらっしゃいます。今日は打ち初めなので、ご挨拶に上がらせていただきました。ご厚意で道具を借りて、私もプレイさせていただきました。
 距離によって力加減を調節したり、地面のデコボコでボールの転がりが変わったりと、なかなか難しかったです。結局8ホールを2周させていただいて、パー48のところを54たたいてしまいました。当然全員の中で一番悪い成績でした。メンバーの皆さんには「初めてにしては、なかなかの数字よ」と慰めていただきました。
 昼過ぎに寒川副議長からお電話をいただき、和歌山市議会に水戸市議会から調査に来られている議員の中に、私のことをよく知ってる方がいると教えて下さいました。
 早速市役所へ入り、水戸市議会の調査が終わるのを控室で待っていました。すると、川﨑篤之水戸市議会議員が入ってきてくれました。私が来ないと思って、名刺にメッセージをビッシリ書いてくれていました。
 今回、水戸市議会の皆さんは、「紀伊と水戸」の徳川つながりで、色々なことを一緒にやっていけないか探るために来られたそうです。徳川御三家の街で、共通した何かをやるというのは、面白いと思います。何か実現できないか、考えてみようと思います。

 
2009年01月12日
今日一日は

 今日の午前中は、先日買って来た本を数冊読みました。
 午後は県連のホームページを更新するための原稿や写真の加工などをしました。

 
2009年01月11日
さぶいさぶい1日

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 今日は消防の出初め式が砂の丸広場で行われ参加しました。今年も消防局を所管する建設企業副委員長として、一番前に座らせていただきました。およそ3千人の消防に関わる皆さんが集まりました。
 写真は昨年新設されたハイパーレスキュー隊が仮設の建物に力技で進入し、傷病者を搬出して脱出するという訓練を見せてくれました。ものすごく迫力があり、感動しました。
 式の最後は、消防車や救急車など自動車隊を先頭に、消防署員、消防団員、民間救援隊、婦人防火クラブ、事業所救助隊の皆さんが市長や消防局長に敬礼をし、行進されました。

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 続いて、裁判所側のお堀で放水訓練が行われました。消防職員に加えて、10の消防分団の皆さんが参加されました。直上放水や噴霧放水に加えて、和歌山のイニシャルである「W」を形どった放水が披露されました。子ども達もたくさんいて、消防団副団長が「これを見て消防官になりたいと言ってくれたらうれしい」とおっしゃっておられました。
 その後はビッグホエールの前に移動です。和歌山市の成人式があり、新成人向けの街宣をやるのに向かいました。岸本周平さんが先着されていましたが、それより前に共産党の皆さんが街宣をされていて、マイクが使えない街宣となってしまいました。藤本代表や政治スクールの受講生、周平さんの秘書さんやお手伝いの方が来て下さいました。
 ビラを配っても50人に一人ぐらいしか受け取ってもらえません。「おめでとうございます」と声を掛けても9割5分が無視です。無表情で通り過ぎていくか、携帯をいじっているか。時々「ありがとうございます」と返ってきてうれしくなりますが、常識的には言葉が返ってくるのが当たり前のような気がして、これからの社会に不安を感じる場面でもありました。
 途中みぞれも降ってきたりして、晴れ着を着た女の子も大変そうでしたし、交通整理や会場整理をする市の職員さんも寒い中、本当にお疲れ様でした。
 半日あんな寒い中にいたら、体調がおかしくなりました。早く元に戻します。

 
2009年01月10日
昨日のこと

 昨日は夜遅くに帰ってきましたので、ブログ更新できませんでした。と言うことで、昨日の活動報告です。
 午前中は数軒挨拶回りと県連での事務処理をしました。お昼は某新聞社の記者さんと意見交換をし、色々お話を伺いました。
 その後は急に時間が空いてしまったので、会いたいとご連絡をいただいていた懇意にしてる方に急にアポを入れ、ロイネットの前に停まっている移動カフェ「カフェ・リストレット」で待ち合わせをし、新年のご挨拶をしました。その方がこの移動カフェの常連であり、私はいつも見かけてはいたけれど買ったことがなかったので、そこにさせてもらいました。私もその方も「黒糖ときな粉の豆乳ラテ」をいただきました。
 座って話し始めればやはり話題に上るのが、「選挙はいつなのか」ということです。その方は政治にかなりの興味をお持ちの方で、色々と考えも持っておられ、仕事柄受ける経済の感触などを教えて下さいました。
 それから、今日結婚式を挙げられた方のお宅へお祝いの言葉を書いて持って行かせていただきました。そこは新郎のお宅だったのですが、小学校から高校まで私の2年後輩だとお父さんお母さんから伺い、新郎のお兄さんも私の一つ上だったそうです。とても喜んで下さり、私もうれしくなりました。
 夜には、私を支援して下さった団体の新春旗開きがあり、参加させていただきました。
 それが終わった後、JC青年会議所の会員開発委員会の例会へ。ぶんだら節に参加するときの山車をどんなデザインにするか、交流事業をどんなものにするかが話し合われ、初めて委員会が終わった後の打ち上げ(アフターと言います)に参加しました。
 同じ委員会にいながらみんなと、議題以外でちゃんと話したことがなかったので、色々なテーブルからお声がかかりました。まだまだこれから色々な話をしていきたいと思います。
 以上が昨日の動きです。市当局から「無保険状態の子どもに対する対策について」報告がありましたので、データベースに置いておきます。今日は陳情があったのと、同級生が和歌山に帰ってきていて、会いました。

 
2009年01月08日
緊急雇用対策の要請

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 党本部からの指示を受け、12月25日付で県連に緊急雇用対策本部が設置されました。
 また6日の常任幹事会の議決を経て、県・和歌山市・県経営者協会に対して、雇用の場を確保しつつ、必要な施策を実施していただくよう要請をしました。
 10時過ぎに県庁内で藤本代表・〆木幹事長と私で県知事宛要請書を商工観光労働部長にお渡ししました。知事に取り次ぐとともに、文書を精査し、必要な施策は早急に実施したいとの回答をいただきました。
 14時半には〆木幹事長と私で大橋和歌山市長に、市としてできることをやっていただきたいと要請し、文書をお渡ししました。市長は、11月から開始した中小企業緊急経営対策資金融資制度の利用状況について説明して下さり、柔軟に対応すると応えて下さいました。
 16時過ぎには県経営者協会を訪ね、要請を行いました。事務局長が応対して下さり、協会で把握されている解雇者数などの最新情報を教えて下さいました。
 劇的な変化は現れませんが、他県に比べれば経営者さん自体も努力をして下さっているようです。地域の中で新しい雇用の場をどのように作るか、雇用のミスマッチをどう解消していくかが今後の課題です。

 
2009年01月06日
今年最初の市駅前街頭活動

 今朝は市駅前での街頭演説です。昨日に比べると、少し寒さがマシな気がしました。昨年、御用納め前の最終火曜日が天皇誕生日で祝日となり、お礼の挨拶ができませんでした。昨日以上に心を込めて、今年1年ご清聴ご支援のお願いをしました。
 その後は人と会ったり、新年の挨拶回りをしました。
 16時半からは今年最初の常任幹事会が行われました。前回の常任幹事会以降の活動や行事の報告、選挙対応について話し合いました。私からは、政治スクールの第2期を開講してよいか提案し、承認されました。
 18時からは連合和歌山の新春の集いが行われ、参加しました。村上会長をはじめ、ご挨拶された皆さんのお話は、昨今の経済の冷え込みに伴う雇用環境の悪化について触れられることが多く、どうしても暗くなりがちでした。そんな中でも、どうにか打開していこうと言う意気込みが感じられました。
 久しぶりにお会いする組合員の方もいらっしゃって、あちこちでお話させていただきました。
 旗開きが終わって帰ろうとした時、よさこい実行委員会のメンバーと会いました。同じ建物に入っているお店で役員会を開いていたそうで、私もそこから合流させていただきました。
 今年の祭りをどう動かしていくかと言う話だったのに、気付けば全然違う話になってしまいました。熱が入ってくるとそんなこともありますね。

 
2009年01月05日
今年最初の街頭演説

 今年最初の街頭演説を和駅で行いました。今朝は個別の政策には触れず、引き続き今年も街頭演説に立たせていただくこと、また朝から大きな音を出すことへのお詫びを申し上げました。
 感覚だけですが、昨年までよりも反応が大きくなったような気がします。ありがとうございます。
 その後は市役所へ。昨年の正月と同じように、庁舎を下から上へ全ての部署に顔を出し、新年のご挨拶をさせていただきました。庁舎も狭いようで広かったです。離れもあるので汗をかきました。中には部屋を出た後で「あの人、誰?」なんていう声も聞こえたりして、まだまだ知名度がないのを実感しました。業者の挨拶回りと重なって、混同されてしまっていることもありました。
 市役所内が終わると、今度は関係の支援団体に挨拶回りをしました。回ればいい話も、耳に痛い話ももらえます。これまで自分の中にコミュニケーション不足のところがあったと思います。これは改善していこうと思います。ありがとうございました。

 
2009年01月04日
年賀状のお返事書き

 1日2日は東京、昨日は新年会が続き、ようやくいただいた年賀状を拝見して、お返事を書きました。
 年末に書きましたが、政治家は年賀状をいただいてからお返事を書くことになっています。何枚自分の手元に届くかも分からないので、届いたのを確認してから動き出します。ということで、午前中に年賀はがきを買い求めるところからスタートです。
 いつもお世話になっている方の所へ行き、新年のご挨拶とともにはがきを買いました。30分ほどお話させていただきました。やはりここでも話題の最初は今の経済の状態についてです。ご商売をされているので、人の動きを緊緊と感じられていて、生のお話を伺うことが出来ました。
 家に戻ってパソコンで裏面のデザインを探し印刷して、宛名を書き、それぞれに一言二言書き添えました。いただいたはがきを見ながら言葉を書くと、そこそこの時間がかかり、あっという間に夜になっていました。
 今年はJC青年会議所のメンバーからも年賀状をいただき、去年に比べると倍ほどの枚数になりました。書き終えたものは中央郵便局まで出しに行きました。
 気に留めていただいて、本当にありがたいことです。年賀状を下さった方には、まもなく届くと思いますので、しばらくお待ち下さい。ありがとうございました。

 
2009年01月03日
学ぶ新年会

 今日のお昼、私が色々と教えを請うている落合莞爾先生のお宅での新年会に行きました。
 落合先生のお宅に伺うと、毎回必ず何か一つ新しい考え方や、あるものの真実を教えていただいて帰ってきます。今回もちゃんといただきましたが、私も勉強しなくてはならないこともありますので、詳しい中身をここで書くことは差し控えます。
 たくさんの方が集まった会で、やはり最初に話題に上ったのは、アメリカ発の金融恐慌と経済収縮です。市内で会社やお店を経営する方の声とともに、落合先生の分析をいただきました。
 参加された方の中で、お嬢さんと一緒に来られた方がいらっしゃいました。色々お話していると、そのお嬢さんは近大和歌山高校の私の7つ後輩になるそうで、驚きました。そうこうしていると、サッカーの結果がどうだったのか話になり、彼女から3-0で負けていると聞きました。携帯で結果を探すと、やはり3-0で滝川第二高校に負けたと出ていました。
 残念ですが、よく頑張ったと思います。来年また楽しみにしています。
 夜は和歌山に帰ってきてる同級生数人と新年会をしました。仕事で和歌山を離れ、年に1度会う貴重な機会です。Uターンラッシュを逃れ、早めに戻った者もいましたが、改めて会う機会を作りたいと思います。

 
2009年01月02日
頂点を目指して

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 引き続き、東京での年末年始です。
 今朝はまず、天皇陛下の新年一般参賀にお伺いしました。昨年よりも人の数が多いように思いました。記念撮影をするつもりが、すっかり忘れてしまいました。
 皇居を後にし、昼食を食べてから、地下鉄に乗って埼玉スタジアム2002へ向かいました。今日は近大和歌山高校サッカー部の2回戦が行なわれました。
 相手は長崎代表の長崎日大高校です。スポーツの選手権ではよく名前の聞く学校です。ピンク色のウェアーが印象的です。
 試合は前半で1点取り、後半はかなりゴール前まで攻め込まれることが何度もありましたが、守りきり1-0で3回戦へ駒を進めました。3回戦の相手は兵庫代表の滝川第二高校です。
 明日の試合も応援したいのですが、残念ながら日程が入ってきたため、これから飛行機で和歌山に戻ります。

 
2009年01月01日
戦いの年が明けました

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 2009年の幕が開けました。明けましておめでとうございます。
 本年は、衆議院総選挙の年です。9月が任期満了ですから、100%選挙が行なわれます。
 天下分け目の戦い、正しい政治の姿を取り戻す戦い、当たり前のことが当たり前に行なわれる社会に戻すための戦いが目前に迫ってまいりました。私達民主党の動きに一層ご注目をいただきたいと思います。
 本年もよろしくお願いいたします。

 
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